



豊川海軍工廠平和公園
何度も足を運んでしまう場所があります。
豊川海軍工廠平和公園です。
ここを訪れるたびに、平和であることのありがたさと、その平和が多くの犠牲の上に成り立っていることを考えさせられます。
1945年(昭和20年)8月7日。
この地にあった豊川海軍工廠は米軍の空襲を受けました。
午前10時13分から10時39分までの、わずか26分間。
124機のB-29爆撃機が来襲し、3,256発もの500ポンド爆弾が投下されたと記録されています。
その結果、2,500人を超える尊い命が失われました。
公園内には当時の防空壕跡や資料が残されており、戦争の現実を静かに伝え続けています。
祖母は、本宿から空襲による火の手を見たと話してくれました。
「大八車に乗せられて避難した」
そんな体験談を幼い頃から聞いていました。
岡崎では市街地を対象とした「岡崎空襲」があり、近隣では軍需施設を対象とした「豊川海軍工廠空襲」がありました。
対象は違っても、多くの方々の日常や人生が奪われたことに変わりはありません。
戦争を体験された方々が年々少なくなる中、その記憶をどのように次の世代へ伝えていくのか。
自分は、そのためにも平和学習の意義はますます大きくなっていると感じています。
教科書や映像で学ぶことも大切ですが、実際にその場所を訪れ、当時の写真や遺構に触れることで、初めて感じられることがあります。
なぜ戦争が起きたのか。
なぜ平和を守らなければならないのか。
そのことを自分自身で考えるきっかけを持つことが、平和学習の第一歩ではないでしょうか。
平和は当たり前ではなく、守り続けるもの。
これからも折に触れてこの場所を訪れ、その思いを次の世代へつないでいきたいと思います。
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